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龍ケ崎のまち並みを歩いて

平成17年2月12日及び26日
龍ヶ崎のまち並みを歩いて

今、私たちは5月15日予定の旧小野瀬邸登録文化財記念イベントに向けての準備、計画をしております。企画の一つとして、「昭和10年の龍ヶ崎を写した幻の映像」(龍ケ崎市歴史民俗資料館蔵)をビデオ上映する予定があります。この企画は単に上映するだけではなく、映像に出てくる懐かしい建物についての解説と、現在の写真との対比を取り入れ、分かりやすく興味深いものにしたいと考えております。
そこで、私たちは、2日間にわたり龍ヶ崎の街並みを歩き、ビデオに登場する建物に注目し、ひと昔の建物と対比するため、今の姿をカメラに収めました。

2月12日、AM10:00市民活動センターに集合。参加者約10名。ご指導いただく鈴木先生(元竜二高教師・郷土史家)とコースに付いての打合せ後、当時の図録とデジカメを手にしてAM10:30活動センターを出発しました。昭和10年の龍ヶ崎に思いを馳せて。
まずは五十銀行(現まいん)を振り出しに、金子家(料理店)、伊勢喜(化粧品・小物商)、和久屋(料理旅館)と確認しながら歩き、やがて龍ヶ崎駅へ到着。駅員からの聞き取りにより昔の龍ヶ崎駅は今より少しだけ入地寄りに建っていたことを知りました。そして鈴木先生より駅裏にあった倉庫位置や、駅前の薬師堂本堂の向きが現在と違っていることを教えていただきました。折り返し、かやば屋(旅館)、茨城無尽(現茨城銀行)と確認して歩き、午前の予定が終了しました。
午後からは八坂神社の裏手に廻り、小学校の建っていた位置の確認、更に裏道に廻り、市指定文化財の寒山竹と同じ敷地内に人知れず建っている杉野翠兄の句碑を見ました。そして上町交差点に戻り、そこから新町方面への街並、横町方面への街並を眺めました。この交差点は当時は三叉路であったそうです。ここからもう一方の下町方面へ向けて足を運ぶと、まもなく私たちの活動の拠点ともいえる小野瀬忠兵衛商店です。小野瀬忠兵衛商店の西隣に大沼支店(靴製造販売)がありましたが、現在は旧小野瀬邸敷地の一部になっております。道を挟んで建っていた小野瀬商店の倉庫は、近年高層マンションに様変わりです。
更に龍泉寺、龍ヶ崎郵便局、色川材木店、小宮山商店(米穀商)と確認して歩き、龍ヶ崎駅から続いた大通り商店街は益戸時計店のところでお仕舞いです。大通りから少しはずれた廃屋同然の昭和亭(料理店)を見て虚しさを感じつつ折り返しとなりました。
今日、1日で全部廻る予定でしたが、あっというまに時間が経過し、気が付けば午後3時を回っていました。歩いた距離約6km程でしょうか、寒さと疲労が重なり、今日はこれで打ち切りとなりました。最後に地図制作に関する打ち合わせと、今日歩けなかった根町方面への日程の打ち合わせをしました。
 


3年前まで建っていた和久屋もご覧の通りです。

 


昔の龍ヶ崎駅舎はこの辺に建っていました。

2日目は2月26日PM1:00、同じく市民活動センターに集合。この日は前回の12日に廻れなかった横町、根町方面です。参加者が少なかったことと、目的の建物が広範囲に点在するため、拠点と拠点を車で移動することになりました。
まず横町からスタートです。常磐無尽があり、寿楼(現常陽銀行)があり、町役場があり、花の横町と言われた往年の賑わいを偲びながら歩いてみました。昭和10年代の町役場の位置は、私たちが想像していた場所とは少し違っていました。西側に頼政通りがあり、その角から大通りを挟んで東側に入ったところに、かつては町役場が道をふさぐような形で建っていました。その後、町役場が少しだけ北側に移動し、龍泉寺裏口を経て大徳町の潮来街道まで続く道が出来たのです。
龍ヶ崎小学校までは車で移動しました。そして、昭和十年の映像に映っていた風景、龍ケ峰より小学校及び後方の丘がどの程度見渡せるか確認のため、現在竜ヶ崎二高が建っている高台に登りました。雑木林に遮られながらも、木々の合間から校舎と校庭、そして街並みの向こうに八代の丘をしっかりと捉えることが出来ました。
そして根町の斉藤輪店、鍵久酒店、愛宕山公園、龍ヶ崎中学(現竜ヶ崎一高)と廻りました。最後に再び横町へ戻り、岡田酒造店の看板を見て、龍ヶ崎で酒造りが行われていた頃のことを懐かしみました。
全予定を終了したのはPM4時を少しだけ回っていました。こうして2日間にわたる町歩きは終わりました。


龍ヶ崎町役場への道
30メートル程先、町役場はこの道を遮る形で建っていました。

※ここで紹介した店名等は一部です。名称は総て昭和10年に使われていたもので、現在では存在しない名称もあります。

2日間かけて龍ヶ崎大通り商店街を端から端まで歩いて感じたこと。それは龍ヶ崎市街地は東西一直線に商店街が伸びていて、古くてとてもシンプルな街であること。そして昭和十年代の市街地地図と重なり合う部分が多いことを改めて確認することが出来ました。その重なり合う部分には当時のままの家屋が建っていることも少なくありません。但し建物は当時のままであても、その多くは外観を近代的な看板等で装い、歴史を誇る龍ヶ崎の街並みとしては、郷愁とか風情を損なっている部分もあります。どのような形であれ、龍ヶ崎にはまだまだ古い建物がたくさん残っていることに感謝したいと思います。
私たちはこういう作業を通して、歴史の古い龍ヶ崎にとって、古い建物が掛け替えのない大切な物であることを痛感致しました。
 
平成17年5月15日(日)の「旧小野瀬邸登録文化財記念イベント」に皆さまのお越しをお待ちしています。