RYUとぴあイベント

平成17年9月3日
旧小野瀬邸、RYUとぴあイベント

 

 9月3日(土)今年もRYUとぴあ2005籠宮フェステバルが龍ヶ崎大通り商店街で行なわれました。(主催 RYUとぴあ2005籠宮フェスティバル祭典実行委員会)
私たち市民の会が保存・運営に携わっている旧小野瀬邸に於いても、盛りだくさんのイベントが行なわれ道行く人の目を釘付けにしました。店舗前大通りに面して、お馴染み龍神太鼓と愛染弦妖さんの津軽三味線の演奏が行なわれました。店舗土間では龍ヶ崎華道協会によるチャリティーフラワーバザール及び華道教室。金庫の間では、恒例のお茶会。二階では高野鶴玄さんによる講談が行なわれました。そして地元上町商友会によって庭園がライトアップされ、そこで津軽三味線の演奏会が行なわれました。

 

 今回の旧小野瀬邸で行なわれたイベントは、私たち市民の会が主催したものではなく、旧小野瀬邸をRYUとぴあ2005実行委員会及び一般への貸し出しの形で行なわれた企画です。
旧小野瀬邸が登録文化財に登録されたことや、登録文化財記念イベントを開催したことによって、注目が高まり、この古い建物が様々なイベントに対応出来ることが分かったのです。 また、市民の間でも、ここで開催されるイベントを楽しみにされている方が大勢居られます。だからこそRYUとぴあフェスティバルに合せて、様々な企画の申し込みがあったのです。

 


お馴染み龍神太鼓。

 

 龍神太鼓は龍ヶ崎市を代表する郷土芸能です。その由来は「龍を呼び雨を降らせ!」というお祈りで、五穀豊穣,商売繁盛を祈願する太鼓として、昭和50年に保存会が結成されました。それ以後、市内で行なわれる様々なイベントに出演されています。
イベントを盛り上げるのに一役も二役も、 龍神太鼓保存会の皆さま、今年も素敵な演奏をありがとうございました。

 

 

 

 旧小野瀬邸に花を添えた龍ヶ崎華道協会の企画、チャリティーフラワーバザールと華道教室。
華道教室には、たくさんの小中学生が参加して、生け花の楽しさを体験しました。

 

 


お茶会

 

 恒例のお茶会です。旧小野瀬邸のイベントに対応したお茶会は堅苦しさはなく、とてもリラックス出来ます。今回は無料のお茶会ということで、たくさんの方々が、お茶の味を楽しまれました。

 

 

 

サンバパレード

 

 旧小野瀬邸前の大通り商店街ではサンバパレードが始まりました。大胆な衣装のお姉さんたちの後を、少年少女の愛らしい行進が続きました。(写真左)
東京浅草から2組のサンバグループが駆けつけてくださいました。

 


上町商友会イベント

 

 上町商友会では、旧小野瀬邸庭園をライトアップするとともに、庭園への入り口で焼き鳥及び八坂の赤飯、おこわ、草もちの販売を行を行ないました。皆様から安くて美味しいと評判でした。

 

 

RYUとぴあ寄席
高野鶴玄さんの講談
高野鶴玄さん

 

 2階、風の間・雲の間二間続きの部屋では、取手市在住の高野鶴玄さんによって「RYUとぴあ寄席」が演じられました。龍ヶ崎ではめったに聞くことが出来ない講談です。題目は『忠臣蔵』と『山内一豊の妻』の二題でした。
「私は素人です。」という高野さん。しかし、その歯切れの良い口上はプロも顔負けです。
高野さんは、春に森林公園で開催されたコロッケ祭りで、コロッケ口上を演じて以来、龍ヶ崎と縁が深まったそうです。

 

 


上町商友会によってライトアップされた旧小野瀬邸庭園

 

 夜空に津軽三味線の音が響き渡りました。ライトアップされた旧小野瀬邸庭園では、去り行く夏の夜を惜しむべく、たくさんの方々が演奏を聞き入っていました。

旧小野瀬邸登録文化財記念イベント

平成17年5月15日
旧小野瀬邸登録文化財記念イベント

 
当市民の会では、旧小野瀬邸が龍ヶ崎で初めてとなる国の登録有形文化財に認定されたことを、市民の皆さまと共に喜び合うため、本日5月15日、記念イベントを開催いたしました。
前日の雨模様に引きつづき、朝からどんよりとした肌寒い朝。ところが午後になると晴れ間がのぞき、会場となる旧小野瀬邸には暖かな日差しがに差し込み、とても良いイベント日和となりました。私たちは今日の、この日のために、準備とリハーサルを重ねてまいりました。何としてもこの企画を成功させたいという、私たちの強い思いが天に通じたのでしょうか、開演前からお客様がたくさん集まりました。その反応に、大成功の予感がありました。

 
入り口受付では、パンフレットを配布するとともに、歴史民俗資料館発行の「昭和10年の龍ヶ崎を写した幻の映像」を販売いたしました。 1階踊場には昭和10年の映像に出てくる建物と、現在の姿を対比した写真集を飾りました。 1階奥の間ではお茶会が始まっています。旧小野瀬邸はイベント色一色です。
 

受付にて 龍ヶ崎と昔と今、写真の展示

 


お茶会

2階メイン会場では 「旧小野瀬邸は龍ヶ崎にとって始めての登録文化財で、オーナーにとっても、市民にとっても大変喜ばしいことです。この喜びを皆さまとともに分ち合いましょう」と副会長前田の簡単な挨拶。続いて旧小野瀬邸オーナーの菅井氏婦人が登録文化財プレートを掲げて皆さまに披露すると、大きな拍手が湧き上がりました。 午後2時、イベントの開幕です。
 

前田の挨拶 小林が司会を

 
続いてメイン会場ではミニ講演会とビデオ上映会が始まりました。 まず、ミニ講演では、神戸先生の「「小野瀬邸の建築について」、鈴木先生の「龍ヶ崎の歴史と小野瀬邸について」、二人の先生にお話していただきました。続いて「オカリナアンサンブル織音」によるオカリナの演奏です。軽快な曲を3曲選んで演奏していただきました。ちょっとした気分転換が出来ました。続いて「昭和10年のビデオ上映会」です。まず昭和10年の略図を説明したあと、鈴木先生・久保田役員の解説入りでビデオの上映をいたしました。上映後ビデオに登場する建物にスポットを当て、神戸先生からそれぞれの建築様式に付いて解説していただきました。
実に盛りだくさんな内容となっておりますが、午後2時5分に始まり、3時15分までの短時間に収まるようプログラムいたしました。私たちはリハーサルを重ねた甲斐があって、何とかこの分刻みのプログラムをこなすことが出来たのです。


気分転換にオカリナの演奏(オカリナアンサンブル織音)
2階メイン会場で演奏後、一階入り口でも
たくさんの曲を演奏していただきました。

ミニ講演会とビデオ上映会は、メイン会場となる2階2間続きの和室で行いました。会場は廊下も含め50名ほどでいっぱいです。予想来訪者は当初50人ぐらいを見込んでいて、これで何とかなるだろうと考えておりました。ところが準備を進める段階で、50人を遥かに越えることが予想され、2回講演のスケジュールを水面下で立てておりました。
ふたを開けてみると予想をはるかに越える大勢のお客様に嬉しい悲鳴。やはり2回講演となりました。1回目が定員を超える70名、2回目が50名の方にご覧いただきました。この日、旧小野瀬邸を訪れた方200名。一部の方にご覧いただけなかったことを深くお詫びいたします。
 
午後3時30分から2回目のミニ講演会及びビデオ上映会を行ないました。会長佐川の挨拶に続き、神戸先生の「「小野瀬邸の建築について」のミニ講演、そして「昭和10年のビデオ上映会」を行ないました。上映中の解説は久保田役員が担当いたしました。プログラムの関係上鈴木先生のミニ講演が省かれたことをお詫びいたします。
その分、ポイントになる建物の場面で映像をストップし、神戸先生から建物について詳しく説明を聞くことが出来ました。2回目のお客様に対しても、1回目と比べて上映の手法こそ異なりましたが遜色のない内容になったと思っております。
2回目の講演会、ビデオ上映会と平行して、別階段の2階和室では「小野瀬邸を語る会」を催しました。小野瀬邸と関わりのあった6名の方をご招待して、小野瀬邸に関すること、忠兵衛さんに関することを懐かしみながら話していただきました。
また、入り口ではオカリナの演奏が軽快に響きわたり、来ていただいた皆さまに旧小野瀬邸でのひと時を、ゆっくりと楽しんでいただました。

午後4時30分 イベント閉幕
 

 

オカリナアンサンブル織音
6名による演奏
小野瀬邸を語る会
鈴木先生をリーダーに、お話は白熱

 

神戸信俊先生について

土浦市文化財保護審議会委員。旧小野瀬邸の文化財への登録に関しては、いろいろと尽力をいただきました。
今回のミニ講演会では、「小野瀬邸の建築について」と題してお話いただきました。店舗部分の欅材の大黒柱や、天井に使われた一枚板、大きくうねった海老紅梁は明治以降に立てられた剛直な店舗建築の典型であること、中から外の様子を覗き見るための格子戸の役割、半地下で生活をする使用人の役割、廊下の桁に使用されている一本の丸太桁の貴重さ。砂町の小宮山邸との関連など、お話していただきました。


神戸先生

鈴木久先生について

河内町文化財審議委員。竜ヶ崎二高元教員で郷土史家。小野瀬忠兵衛に関する歴史や龍ヶ崎の歴史との関わりなど、当市民の会としてはたくさんの事を教えていただきました。今回のイベントの準備段階から、私たちと一緒に町歩きや聞き取り調査をしていただきました。
ミニ講演会では、龍ケ崎の歴史の概略や、筆忠と呼ばれた小野瀬忠兵衛の5代わたるそれぞれの時代のお話をしていただきました。


鈴木先生

 

昭和10年の記録映画「龍ヶ崎を写した幻の映像」とそのビデオ上映について

昭和10年に龍ヶ崎で行われた「農業祭」の模様を記録した7分間ほどの短いフイルムで、県下でも珍しく非常に貴重な記録です。今回のイベントにあたり、その記録フイルムのビデオ化されたものを龍ヶ崎市歴史民俗資料館からお借りしました。
今回の上映方法は、単に上映するだけでなく、場面場面で鈴木先生(2回目は久保田)に解説を入れていただき、尚且つ、主要な建物に付いては画像を現在の写真と切り替えて対比するという、趣向を凝らしてみました。
まず、内田信也鉄道大臣が登場し、祝辞を述べるシーン。その字幕を当会佐川が読み上げました。続いてスクリーンには龍ヶ崎駅前が映ります。龍鉄が出発したところでしょうか、もくもくと煤煙が立ち昇るシーンが印象的です。観客から、お~お、という歓声が上がりました。途中クイズ形式で、お客様に問うこともありました。上町交差点から新町を望む場面で、しいの木が写っています。映像を止めてお客様に「ここはどこでしょう?」と質問してみました。答えが返ってきません。さて現在の写真に切り替えると、市民活動センターの入っているNTTビルでした。こういう質問は年配の方にとっても難しいようです。映像はメイン会場の竣工まもない龍ヶ崎小学校に移ります。教室内に展示された企画展を見入る人の姿、山高帽に羽織袴、そこには戦前の忘れられた日本人の姿が映っていました。映像は続いて龍ケ峰から見た龍ヶ崎小学校の校庭です。校庭越しに見える風景は八代方面の山々です。現在、済生会病院が建っているあたりでしょうか。この辺は現在は竜ヶ崎ニュータウンとして著しく変貌を遂げています。つづいて横町、下町、砂町、根町と細切れにカメラは町の風物を捉えます。ポイントになる建物で映像をストップし、現在の写真と比較します。龍ヶ崎町役場の場面でストップして、現在の写真と対比すると、立地の位置関係の意外さに驚きの声が聞こえました。小野瀬商店倉庫の場面で切り替えると、高層マンションに様変わりしたした写真を見てため息が。空しさを感じた方も多かったようです。そして、愛宕山では園遊会が開かれています。日中戦争に間もなく突入する昭和10年という時代を考えると、人々はこんなに楽しくて、愉快な時代の終焉を感じつつ、総てのエネルギーを発散して遊興にいそしんでいたのでしょうか。最後に映像は龍ヶ崎中学(現竜ヶ崎一高)へ移ります。講堂前では日の丸掲揚、校庭では生徒たちの軍事教練が既に始まっていました。
これで上映は終わりですが、引き続いて神戸先生から、ビデオに出てくる重要な建物をピックアップして、パワーポイントによる解説をしていただきました。鍵久商店、龍ヶ崎役場、萬福屋商店、龍ヶ崎警察、そして龍ヶ崎中学と、それぞれの特色を話されました。特に最後の龍ヶ崎中学の講堂に関しては「土浦一高と同じ駒杵勤冶の設計で、土浦では今でも大切に保存されているのに、龍ヶ崎では壊されてしまった。現在の講堂とは比べようもない立派な建造物でした。残念でしかたがない。」と、話されました。


DVDによる「龍ヶ崎を写した幻の映像」のビデオ上映

 

 このイベントにご参加いただいたた皆さま、どうもありがとうございました。

龍ケ崎のまち並みを歩いて

平成17年2月12日及び26日
龍ヶ崎のまち並みを歩いて

今、私たちは5月15日予定の旧小野瀬邸登録文化財記念イベントに向けての準備、計画をしております。企画の一つとして、「昭和10年の龍ヶ崎を写した幻の映像」(龍ケ崎市歴史民俗資料館蔵)をビデオ上映する予定があります。この企画は単に上映するだけではなく、映像に出てくる懐かしい建物についての解説と、現在の写真との対比を取り入れ、分かりやすく興味深いものにしたいと考えております。
そこで、私たちは、2日間にわたり龍ヶ崎の街並みを歩き、ビデオに登場する建物に注目し、ひと昔の建物と対比するため、今の姿をカメラに収めました。

2月12日、AM10:00市民活動センターに集合。参加者約10名。ご指導いただく鈴木先生(元竜二高教師・郷土史家)とコースに付いての打合せ後、当時の図録とデジカメを手にしてAM10:30活動センターを出発しました。昭和10年の龍ヶ崎に思いを馳せて。
まずは五十銀行(現まいん)を振り出しに、金子家(料理店)、伊勢喜(化粧品・小物商)、和久屋(料理旅館)と確認しながら歩き、やがて龍ヶ崎駅へ到着。駅員からの聞き取りにより昔の龍ヶ崎駅は今より少しだけ入地寄りに建っていたことを知りました。そして鈴木先生より駅裏にあった倉庫位置や、駅前の薬師堂本堂の向きが現在と違っていることを教えていただきました。折り返し、かやば屋(旅館)、茨城無尽(現茨城銀行)と確認して歩き、午前の予定が終了しました。
午後からは八坂神社の裏手に廻り、小学校の建っていた位置の確認、更に裏道に廻り、市指定文化財の寒山竹と同じ敷地内に人知れず建っている杉野翠兄の句碑を見ました。そして上町交差点に戻り、そこから新町方面への街並、横町方面への街並を眺めました。この交差点は当時は三叉路であったそうです。ここからもう一方の下町方面へ向けて足を運ぶと、まもなく私たちの活動の拠点ともいえる小野瀬忠兵衛商店です。小野瀬忠兵衛商店の西隣に大沼支店(靴製造販売)がありましたが、現在は旧小野瀬邸敷地の一部になっております。道を挟んで建っていた小野瀬商店の倉庫は、近年高層マンションに様変わりです。
更に龍泉寺、龍ヶ崎郵便局、色川材木店、小宮山商店(米穀商)と確認して歩き、龍ヶ崎駅から続いた大通り商店街は益戸時計店のところでお仕舞いです。大通りから少しはずれた廃屋同然の昭和亭(料理店)を見て虚しさを感じつつ折り返しとなりました。
今日、1日で全部廻る予定でしたが、あっというまに時間が経過し、気が付けば午後3時を回っていました。歩いた距離約6km程でしょうか、寒さと疲労が重なり、今日はこれで打ち切りとなりました。最後に地図制作に関する打ち合わせと、今日歩けなかった根町方面への日程の打ち合わせをしました。
 


3年前まで建っていた和久屋もご覧の通りです。

 


昔の龍ヶ崎駅舎はこの辺に建っていました。

2日目は2月26日PM1:00、同じく市民活動センターに集合。この日は前回の12日に廻れなかった横町、根町方面です。参加者が少なかったことと、目的の建物が広範囲に点在するため、拠点と拠点を車で移動することになりました。
まず横町からスタートです。常磐無尽があり、寿楼(現常陽銀行)があり、町役場があり、花の横町と言われた往年の賑わいを偲びながら歩いてみました。昭和10年代の町役場の位置は、私たちが想像していた場所とは少し違っていました。西側に頼政通りがあり、その角から大通りを挟んで東側に入ったところに、かつては町役場が道をふさぐような形で建っていました。その後、町役場が少しだけ北側に移動し、龍泉寺裏口を経て大徳町の潮来街道まで続く道が出来たのです。
龍ヶ崎小学校までは車で移動しました。そして、昭和十年の映像に映っていた風景、龍ケ峰より小学校及び後方の丘がどの程度見渡せるか確認のため、現在竜ヶ崎二高が建っている高台に登りました。雑木林に遮られながらも、木々の合間から校舎と校庭、そして街並みの向こうに八代の丘をしっかりと捉えることが出来ました。
そして根町の斉藤輪店、鍵久酒店、愛宕山公園、龍ヶ崎中学(現竜ヶ崎一高)と廻りました。最後に再び横町へ戻り、岡田酒造店の看板を見て、龍ヶ崎で酒造りが行われていた頃のことを懐かしみました。
全予定を終了したのはPM4時を少しだけ回っていました。こうして2日間にわたる町歩きは終わりました。


龍ヶ崎町役場への道
30メートル程先、町役場はこの道を遮る形で建っていました。

※ここで紹介した店名等は一部です。名称は総て昭和10年に使われていたもので、現在では存在しない名称もあります。

2日間かけて龍ヶ崎大通り商店街を端から端まで歩いて感じたこと。それは龍ヶ崎市街地は東西一直線に商店街が伸びていて、古くてとてもシンプルな街であること。そして昭和十年代の市街地地図と重なり合う部分が多いことを改めて確認することが出来ました。その重なり合う部分には当時のままの家屋が建っていることも少なくありません。但し建物は当時のままであても、その多くは外観を近代的な看板等で装い、歴史を誇る龍ヶ崎の街並みとしては、郷愁とか風情を損なっている部分もあります。どのような形であれ、龍ヶ崎にはまだまだ古い建物がたくさん残っていることに感謝したいと思います。
私たちはこういう作業を通して、歴史の古い龍ヶ崎にとって、古い建物が掛け替えのない大切な物であることを痛感致しました。
 
平成17年5月15日(日)の「旧小野瀬邸登録文化財記念イベント」に皆さまのお越しをお待ちしています。

第2回現代美術展と茶会~西村明芳の版画展~

平成16年11月23日
第2回現代美術展と茶会~西村明芳の版画展~

西村明芳の途方もなく大きな版画と旧小野瀬邸の空間が出会う一日

板の間や土間、居室いっぱいに展示された多くの作品には、人々のさまざまな顔が見えます。

それは喜びの表情なのか?それとも哀しみ?

人々はこのような感情をあらわに、どこへ行こうとしているのか。

晩秋の11月23日、商業祭(いがっぺ市)に対応した当市民の会主催のイベント、「第2回旧小野瀬邸現代美術展と茶会」を開催いたしました。
今回は、うしく現代美術展等でご活躍の牛久市在住の西村明芳さんをお招きし版画展を。そして市内でご活躍のお茶の先生によるお茶席を設けました。
昨年の胡桃沢千晶さんと藤沢裕策さんの現代美術展の成功によって、旧小野瀬邸の古い空間と現代アートがよく合うことが実証されました。そして、今回は、「第2回旧小野瀬邸現代美術展と茶会」として、旧小野瀬邸に現代アートを定着させようと、「第2回・・・」と名付けてこの企画に挑みました。
当日はポカポカ陽気の晴天に恵まれ、歩行者天国となった大通り商店街には、どっと人が押し寄せました。その影響もあって旧小野瀬邸に来られた方は約1000人に上り、1日の入場者としては過去最高となりました。準備段階から、絶え間のない来訪者に恵まれ、関係者一同嬉しい悲鳴となりました。
来ていただいた方には様々な目的がありました。”版画展が見たかった。””旧小野瀬邸の建物が見たかった。””茶の湯を楽しみたかった。””庭でゆっくり休みたかった。”そのほか、ただ呼び止められたから立ち寄った方や、塀面いっぱいに展示された巨大な版画に引き込まれた方など、いろいろでした。
今回は版画展とお茶会、そして旧小野瀬邸の魅力が加わり、それらの相乗効果が際だったイベントになりました。

西村明芳の版画の世界、地層シリーズ

さすらいの旅人

根っ子の歌「シェルター」(部分)
旧小野瀬邸に相応しく肥料袋に刷り込んだ版画です。

幕末の部屋に展示された「1996 地層へ」を見入る少女

西村明芳氏の作品に描かれているもの。それは、戦争によるものなのか?それとも核汚染によるものなのか?人々は様々な理由で土地を追われ、あてもなくさまよい続けています。 「さすらいの旅人」はこのような人間の苦悩が描かれていて、「地層シリーズ」へと続く序章と言える作品なのかもしれません。
そして、すべての大地は汚染され破壊され、人間は土の中に潜り、木の根っ子と共生しながら生き延びようとする。「根っ子の歌」という作品は作者自身が「シェルター」とサブタイトルを付けているように、木の根っ子がシェルターの役割をし、人間の命を守り続けてている姿が描かれています。
やがて木の根っ子さえも朽ち果てて、人間は生き延びるために、さらに深く深く潜り続けるのです。それが西村氏が「地層シリーズ」で描こうとする人間の愚かさで、今地球上で現実に起きている紛争。イラク戦争を始めとする国際紛争への警鐘なのかもしれません。
絵の中の様々な顔。大人たちの悲しい表情が描かれている反面、子どもたちはけっして笑顔を絶やしていません。暗いテーマの中に、一点の光となっている子どもたちの表情に西村氏の優しい人柄を感じました。

華やいだ受付のお嬢さんたち

お茶会のメンバーによるイベント受付

今回は、お茶会のお嬢さん方に受付を担当していただきました。旧小野瀬邸には、やはり和服姿がよく似合いました。
「私の作品は暗いので・・・・、」と西村さん。「艶やかな和服姿のお嬢さん方が、ひらひらとまるで絵の中で蝶が飛び交っているようだった。」と、芸術家らしい表現をされました。これも現代アートとお茶会の相乗効果の一つといえるものでした。

死んだ男の残したものは

今回の企画に合わせて制作していただいた「死んだ男の残したものは」という作品です。これは谷川俊太郎の詩に西村氏が絵(版画)を付けたものです。版画というメデアを通して、谷川俊太郎の詩の世界がイメージとしてどんどん広がって行きました。

死んだ男の残したものは 死んだ女の残したものは 死んだ兵士の残したものは 死んだ歴史の残したものは

死んだかれらの残したものは 死んだ兵士の残したものは 死んだ子どもの残したものは 死んだ女の残したものは

陽の下で

旧小野瀬邸の路地裏から表通りへと続く塀面を覆った版画、地層シリーズ

庭園に展示された版画、地層シリーズ
(西村明芳氏撮影)

屋内に収まらない大きな版画は、庭や塀に展示してみました。陽の下で見る作品はいっそう奇抜さを増し、屋内とは違った趣が人目を引きました。ゆらゆらと揺れる版画の前で、親子の戯れている姿が印象的でした。

世界中を旅しながら、木々の間に作品を吊したり、塀を借りて絵を並べ、子どもたちと遊ぶことが夢だという西村さん。今回の試みは、夢に向かっての新たな挑戦であったのかもしれません。

いろいろありました

 

いがっぺ市で賑わう大通り商店街。旧小野瀬邸のガラス戸に貼られた版画に思わず振り向く、通りすがりの人たち。

 

 

 

 

龍ヶ崎観光親善大使のミス乙姫様も訪れました。
お二人の登場で会場は、ぱっと華やいだ雰囲気に。

 

 

 

 

成り行きで始まったコンサート。
「ふるさと」や「古時計」など数曲を演奏していただきました。

 

 

 

 

旧小野瀬邸前に展示した市民の会のポスターを見ている人々。

 

 

 

 

旧小野瀬邸の前では龍ヶ崎錦の踊りが始まりました。

 

 

お茶席にて

 

入り口に立てかけられた大きな傘がお茶会の雰囲気を盛り上げました。

 

 

 

 

お茶を一服する前に、まずはお茶の心を伝授してから・・・。

 

 

 

 

 

茶室にも版画を置きました。
版画を置くことによって、堅苦しいと思われている茶室が和やかな雰囲気になりました。

 

 

 

かしの木の庭

旧小野瀬邸の半地下(丸机の台所)のふるぼけたオーブンや水の出ない炊事場の上に置かれた西村氏の作品と版木。そして丸テーブルにはトウモロコシの種や草花が何気なく置かれていました。その狭い空間を西村氏は「かしの木の庭」と名付けました。
それは西村氏が主宰する「フリースクールかしの木」から採ったものです。「フリースクールかしの木」が目指すものは、子どもたちに教えるのではなく、考える機会を与えること。そして自然の中でのびのびと遊ぶことが出来る自由な空間を作ること。それが西村氏が提唱する理想の教育で、既に20年掛けて実践し続けています。
私たちが「丸机の台所」と呼んでいるこの部屋を、「かしの木の庭」と表現するには、薄暗く、あまりにも狭い空間のように感じました。ところが西村氏の作品を置くことによって、その作品に描かれた子どもたちのむじゃきな表情が、狭い空間を無限に広がるフリースペース、かしの木の庭に変えたのでした。
フリースクールかしの木HP「子どもの居場所」 http://homepage1.nifty.com/kashinoki/

西村明芳プロフィール
島根県木次町で生まれる。岡山大学教育学部特設美術科卒業。
牛久市にフリースペースかしの木を設立。
子供たちに自然の中で版画や造形を教える傍ら、自らも子供たちとのふれあいを創作活動のエネルギーにし、版画などの作品を制作している。
茨城県つくば美術館にて個展、うしく現代美術展出品、その他、都内、茨城県下の美術館、画廊、野外等にて個展

西村明芳氏

駅からハイキング旧小野瀬邸イベント 陶芸クラブ「どんぐり」による陶芸展

平成16年10月3日
駅からハイキング旧小野瀬邸イベント
陶芸クラブ「どんぐり」による陶芸展

 

 10月3日、龍ヶ崎にとって、3度目の「駅からハイキング」が行なわれました。この企画はJR東日本と龍ヶ崎市商工振興課共催のイベントで、JR佐貫駅から中心市街地までの約8kmのウォーキングコースです。過去2回の開催はいずれも大好評となり、JR水戸支局も龍ヶ崎市への期待は大きいようです。
今回の企画は龍ヶ崎市市制施行50周年記念事業の一環でもあり、”「食の祭典」開催!コロッケの街龍ヶ崎をゆく道”と名付けられ、まいんにぎわいひろばには、全国から味自慢の街が集結しました。
尚、ウォーキングコースに含まれている旧小野瀬邸では陶芸クラブ「どんぐり」による陶芸展を開催しました。私たち市民の会は、この企画に協力するとともに、旧小野瀬邸の案内役を務めました。

 

 

 時には激しく、時には小降りに、朝から降りしきる雨はいっこうに止む様子がありませんでした。このような状況下での「駅からハイキング」となり、関係者一同がっくり。ところが、さすが人気の佐貫駅~龍ヶ崎市街地コース。最悪の気象状況の中でも約300名の方に参加いただきました。熱心なウォーカーの皆さま、ほんとにありがとうございました。

 

 

 「食の祭典」会場のにぎわいひろばには、一般市民とともに、佐貫駅から歩かれたウォーカーの皆さまもたくさん集まりました。皆さま龍ヶ崎コロッケの味は如何でしたか?

 


 

 旧小野瀬邸の入り口をくぐると、ずらり並んだ陶芸の数々。これらは山縣正氏率いる陶芸クラブ「どんぐり」の皆さまの作品です。
陶芸クラブ「どんぐり」はくりーんプラザ・龍で教室を開き、約50名の方が山縣先生から指導を受けておられます。今回の陶芸展には、その中から約10名の方の作品が展示されました。
力作揃いにびっくり。

 

  
陶芸クラブの皆さまから「駅からハイキング」参加者の方へ箸置きやぐいのみがプレゼントされました。(左写真)

 

陶芸クラブ「どんぐり」の皆さまの作品その一

 

陶芸クラブ「どんぐり」の皆さまの作品その二

 

 山縣正氏は、龍ヶ崎市内に窯を築き、地元の土を生かした龍ヶ崎焼など、独創的な創作活動を行なう傍ら、陶芸クラブ「どんぐり」の指導にあたり、陶芸の普及に意欲的に取組んでおられます。
1981年及び1994年には県芸術祭に入選の実力派です。

 

山縣正さんの作品の紹介

 

 

 

 「またここで陶芸展を開きたい。今度はもっと期間を長くして・・・」と、山縣さんは旧小野瀬邸をギャラリーとした自主的な陶芸展への意欲を語られました。

 


弟子の作品を見守る山縣先生(左写真)
 

 

 今回は約200名の方が旧小野瀬邸を訪れました。雨の中をご苦労様でした。私たちは、一人一人にご苦労様と、ねぎらいの言葉を掛けました。
「ありがとう、雨でなければ100点満点だったのに」と、一人の参加者から言葉が返ってきました。

 

 

熱心に作品を鑑賞するウォーカーの皆さま。

 
 

 「駅からハイキング」のため、にぎわいひろば前から医王院の間を懐かしいボンネットバスが走りました。
降りしきる雨のためか、懐かしさに誘われてか、バスに乗って移動するウォーカーも多かったようです。
バスに乗ると一瞬に昭和にタイムスリップ。車窓より龍ヶ崎の街並みはどのように見えたのでしょうか?

 

 

旧小野瀬邸前でも手を上げれば、ほら、バスは止まりました。(写真左)

 

RYUとぴあ2004 イベント

平成16年9月4日
RYUとぴあ2004 イベント
「なごりの夏の夜を 旧小野瀬邸で!」
津軽三味線の演奏会

 

 9月4日(土)サンバカーニバルでお馴染みの、RYUとぴあ2004籠宮フェステバルが、龍ヶ崎市商店街大通りで行われました。祭典に合わせ、旧小野瀬邸に於いては井坂斗絲幸とその杜中総勢約20名による津軽三味線の演奏会を行いました。また上町商友会企画「ゆかたでおいでよ小野瀬邸」と題して旧小野瀬邸庭園内のライトアップを試みました。

こうして、たくさんの方々が旧小野瀬邸を訪れ、津軽三味線の演奏や庭園内での夕涼みを楽しみ、去り行く夏の夜を名残惜しみました。

 

 

 

 

 「あれあれ、お嬢さん、みんな見てるよ、しっかり音合わせしてね。」
祭典が始まった4時半頃、旧小野瀬邸では井坂社中の皆さまによる津軽三味線の音あわせが始りました。音合わせといってもシンセサイザーやキーボードを含めた大掛かりなもので、音が鳴り響くと同時に旧小野瀬邸前にたくさんの人が集まりました。

 

 

上町商友会のイベント「ゆかたでおいでよ小野瀬邸」

 

 

 夕暮れになると庭園内をライトアップし、訪れた皆様方に最後の夏を楽しんでいただきました。旧小野瀬邸で、こんな楽しみ方が出来るのかと、新たな一面を再発見。私たち市民の会も、これに協力し、パネルの準備や旧小野瀬邸屋敷内の案内やパンフレットの配布をしました。邸内を訪れた方の人数は、4時から8時までの僅かな時間に約80名(推定)。今回もたくさんの方が旧小野瀬邸の歴史や建築様式の素晴らしさに触れることが出来ました。

 

  

 

 井坂社中の皆さまの、若々しい津軽三味線の演奏が始まると、人、人、人。旧小野瀬邸正面の大通りは、その激しいリズムに誘われて、身動きが出来ないほどの人波で埋もれました。

 

 

 

 井坂斗絲幸先生率いる井坂社中の若いメンバーたち。その中には、筑波大学の津軽三味線のサークルで、同じく井坂斗絲幸先生を塾長とする無弦塾の学生たちも大勢含まれていました。
津軽三味線の力強いバチ捌きと激しいリズムが若者の心を捉えているのでしょうか。そしてシンセサイザーやキーボード、ボーカルまで含めた現代的な演奏は、まさに邦楽の枠を超えた新しい音楽の創生と言えるのかもしれません。
井坂社中の活動拠点は、茨城県南はもとより日本全国で演奏活動をしていると聞きました。これからも益々活動範囲が広がることでしょう。演奏を聴いていて、ふとそのように感じました。

 

 

 演奏開始後、まもなく小雨が降り始めました。演奏が終盤になると雨はやや大粒となり、傘の花がチラホラ咲きました。それでも、大勢の観衆は、雨に濡れながら最後まで演奏に聴き入っていました。
そして約40分に及び演奏が終わると、、しとしとと降っていた雨は、まるでこの演奏が終わるのを待っていたかの如く、どしゃぶりにの雨に豹変したのです。

このどしゃぶりの雨で、RYUとぴあ2004籠宮フェステバルは、祭典の中半で中断、そして中止となりました。

 

 

 井坂斗絲幸先生及び社中の皆さま、この雨の中での演奏ご苦労様でした。最後まで演奏が出来て良かったですね。今日はとても楽しくてノリの良い演奏をありがとうございました。今後の益々の発展を期待いたします。

 

第2回たつの子塾「旧小野瀬邸の建築について学ぶ」

平成16年5月22日
第2回たつの子塾「旧小野瀬邸の建築について学ぶ」

 

 5月22日、市民の会の勉強会「たつの子塾」を行いました。昨年11月の前野先生による「まちづくりについて」に引き続き第2回目となりました。今回は神戸信俊先生(土浦文化財保護審議会委員)をお招きし、旧小野瀬邸の建築様式を細部に渡り学習しました。
その目的は旧小野瀬邸で行う様々なイベントにおいて、参加者・見学者からの質問等に明瞭な受け答えが出来るよう、私たちの知識向上を目指したものでした。

 

 

西側和室 西側廊下

 

 

 数寄屋風造りの和室や書院風造りの和室と、各々の部屋に個性がある旧小野瀬邸。今回は神戸先生より、幕末期(推定)から昭和初期の3期に分かれているそれぞれの部屋の特徴を、分かりやすく細部に渡りご教授いただきました。
その概要は、昭和初期に建増しされた西側の和室は、数寄屋風造りで面皮柱や竹の床柱に特徴があり、崩しを入れた意匠になっていること。大正期に建てられた店舗部分は、欅の大径木を使用していることや、天井は松の一枚板を使用した大引天井であり、また誇らしげな金庫を備え付けていること等、典型的な明治以降の店舗建築であること。もっとも古く幕末期に建てられたと考えられる奥の間(店舗の奥座敷)は書院風の造りで、棹縁天井に長押(なげし)が付き、床の間と床脇が設置された、当時のこの地方の特徴的な建築方法であること。などなど、一度に憶えきれないほどの事を教えて頂きました。
私たちはこれを反復学習し、自分たちの知識として身につけ、広く市民の方に分かりやすく伝授したいと思います。

 

 
店舗にて

 

奥の間にて 二階にて

 

「千代倉社中」お茶会

平成16年5月9日
「千代倉社中」お茶会

 

 5月9日、龍ヶ崎市内を中心に活動する茶道の会「千代倉社中」主催によるお茶の会が旧小野瀬邸で開かれました。会場にはお弟子さんはもとより、市内の茶道愛好家の方も参加され、総勢150名の方が旧小野瀬邸という古い佇まいの中で、お茶の会を楽しまれました。

これまでも、市民の会主催の旧小野瀬邸お茶会において、千代倉社中様には何度も協力して頂きました。今回は千代倉社中様が主催するお茶会で、私たち市民の会は微力ながら会場準備と広報面のお手伝いをさせて頂きました。
旧小野瀬邸を個人の茶会の会場として貸し出す、初めての試みとなりました。

 


和服姿のご婦人が多く、どの部屋も華やぎました。

 

 

受付 庭園に用意された野点

 

 

 

会場の雰囲気を盛り上げる
琴の演奏
入り口に用意された茶席

 

 

 

 今回のお茶会のため和服をお召しになられた旧小野瀬邸オーナーの菅井さん。とてもお似合いですね。
前日、待ちに待った登録文化財のプレートが届き、喜びひとしおで、当市民の会としても嬉しく思います。
旧小野瀬邸正面玄関にて、当市民の会の片山会長と佐川副会長とともにプレートの記念写真を撮りました。

 

絵畑浩二版画展と駅からハイキング

平成16年4月3日~4日
絵畑浩二版画展と駅からハイキング

 

 4月4日、JR東日本企画、龍ケ崎市商工振興課共催の駅からハイキング「桜と歴史をたどるコロッケ街道龍ケ崎の道」が、JR佐貫駅から中心市街地迄のウォーキングコースにて開催されました。龍ヶ崎にとって、駅からハイキングは2度目であり、今回もまた、旧小野瀬邸がコースに選ばれている事もあって、私たち市民の会は、旧小野瀬邸に於ける独自のイベントの運営に取組みました。
また、今回の駅からハイキングは龍ケ崎市制50周年記念行事の一環になっているため、行政も観光協会も商工会もそして私たち市民団体も一丸となって運営に当たりました。

 


受付も当市民の会がお手伝いしました。JR佐貫駅にて

 

 

 これまで旧小野瀬邸で現代アート展や写真展を重ねるうちに、「ここはアートがよく似合うね」と、度々耳にするようになりました。そう、旧小野瀬邸の店舗部分や廊下はギャラリーにふさわしい空間と言えるのかもしれません。それは歴史に培われた屋敷の風格や木造の温かさが、見る者を作品の世界へと自然に導いているからでしょうか。

さて今回、4月3日~4日の2日間はつくば市在住の版画家絵畑浩二さんの協力により、旧小野瀬邸の店舗部は俄にギャラリーとなりました。また和室ではお茶席を設け来訪された皆さまにくつろいでいただきました。
4月3日は、宣伝不足もあって来訪された方は僅かでしたが、駅からハイキング当日の4月4日は少々小雨日よりに拘わらず、旧小野瀬邸へは700人(推定)を越すウォーカーの方々に来ていただき、大盛況となりました。
また来ましたよ!と声を掛けてくださったお客様も何人かいらっしゃいました。とても寒かった1日、ホットなお言葉が暖かく胸に響きました。

 

 

絵畑浩二さん(左)とお弟子さんによる版画刷りの実演
実演の版画は旧小野瀬邸が描かれた”しおり用”で、あらかじめ用意していた200枚とともに、来訪された皆さまにプレゼントされました。「全員に行き渡らなくて申しわけございません」と、絵畑さん。
たくさんの来訪者に嬉しい悲鳴。刷っても刷っても間に合いませんでした。

絵畑浩二作 プレゼント用のしおり(約1/2に縮小)

 

絵畑さんの作品の一部を紹介します。

 


旧小野瀬邸外観
今回の版画展のため書いていただきました。
(絵をクリックすると大きくなります)105KB

 

 

来迎院・多宝塔 竜ヶ崎駅

 

 
ずらり並んだ作品の数々

 

  
熱心に作品を鑑賞する来訪者の方々

 

 

 店舗部分を中心に絵畑さんの作品が約30点ほど展示されました。その中には今回の企画のためわざわざ書いてくださった作品もあります。また下絵とも言える水彩画が含まれていました。絵畑さんは「自分の作品は、まず最初は風景を見ながら1時間30分ぐらい掛けて水彩画を描き、それを基にして版を掘るのです。」と、デッサンと下絵の重要さを説かれました。

 

 

お茶席 庭園

 

 

龍ヶ崎トマト・レディーファーストが
プレゼントされました。
市長(右)から激励が。

 

 

 

 竜鉄(関東鉄道竜ヶ崎線)に乗ってみたかった。般若院のシダレザクラを見たかった。旧小野瀬邸に興味があった。などなど。いろんな想いを込めてたくさんの方が龍ヶ崎にやって来られました。そして市内8kmのコースを歩きながら龍ヶ崎の歴史や風物にふれて、感動を抱くものがあったでしょうか。何か一つでも龍ヶ崎の思い出として心の中に残れば、市民の一人として嬉しく思います。

ウォーカーの皆さまお疲れさまでした。また旧小野瀬邸でお会いしましょう。

 

竜ヶ崎一高、写真部写真展~My life旅人~

平成16年3月11日~14日
竜ヶ崎一高、写真部写真展~My life旅人~

 

 平成16年3月11日~14日、旧小野瀬邸にて竜ヶ崎一高写真部主催、当市民の会後援による写真展が行なわれました。
テーマは~My life旅人~。高校生の観点から日常の風景を撮り、自分たちの活動を広く知ってもらいたいと。竜ヶ崎一高写真部の皆さんは、平成15年3月の当会開催の「旧小野瀬邸を撮る・写真撮影会」に参加、数々の作品を出展していただきました。
あれから一年が過ぎて、今回の写真展の開催となりました。顧問の先生は 「生徒達に、町の中で写真展を開き、町の皆さんに見て戴くこと、また市民の方々の協力を戴きながらも、生徒達で取り組んでみることを体験させたい」とおっしゃっていました。

3月10日の開催日前夜、写真部の皆さんは夜遅くまで準備に追われ、顧問の先生や卒業生もいらして、皆さん熱心に検討しながら展示に取り組んでおられました。
また、3月7日のマインバザールの会場では、写真展の案内を手渡したり、限られた時間の中で精一杯頑張っておられました。

 

 

 「いらっしぃませ!。こんにちは!」と元気な声が旧小野瀬邸に響きわたりました。そう、竜ヶ崎一高写真部女子生徒の爽やかな声です。

旧小野瀬邸には竜ヶ崎一高写真部12名による約90点の作品が、思い思いの方法で展示されました。店舗部分から隣の和室、階段部分そして一階廊下へと、古い建物を生かした展示方法は、昨年12月14日に行なわれた、「旧小野瀬邸現代アート展」からヒントを得たとのことでした。そして今回の写真展のテーマ~Mylife旅人~はミスチルの「マイライフ」の歌詞からいただいたそうです。なるほど、大いに悩んだり苦んだり、作品には高校生たちのありのままの姿が描かれていました。私たち大人も、ふと立ち止まって人生について、思わず考えてしまうような、素晴らしい写真展であったと思います。

 

 
廊下に展示された作品

 

和室にて 店舗部分にて

 

 

階段にて 廊下突き当たり

 

 
最終日、顧問の先生とちょっとおどけて。

 

 

竜ヶ崎一高写真部の皆さまご苦労様。これからも素晴らしい写真を撮り続けてください。